帰りのバスで運転手が急に怒気を込めた声でアナウンスし始めた。
「ボタンを押さないでください。他のお客様のご迷惑になります」
まだ始点にいるバス停で、何者かが降車ボタンを押しまくっている。
その度に運転手がランプの点灯を解除しているため、ランプはピカピカと不気味に明滅した。
このやり取りがしばらく続いたのち、いよいよ運転手が根負けして
「降りたい方は声をあげてください」と吐き捨てるように言い、バスを発車させた。


停車する先々で消灯・再点灯を繰り返すバス車内。その先々で「降ります!」という声が響いた。
犯人を探そうにも、隙間無く満員の車内では左右に少し首を回すのがやっとの状態だった。
優先席に腰掛けていた老夫婦が、昔のバスのみたいだなぁと、この異常事態を懐かしんで笑った。

相変わらず降車ランプを点灯しっぱなしのまま走行していると、
自分が降りるバス停に近付いた。
よし、と腹を決めタイミングを見計らい「降りま」と言いかけたところで、
車内のどこからかの女性の声と重なった。
こういうのは気恥ずかしい。
いそいそと降車口を駆け降りる…先程の女性が後ろに続いた。
ふと既に遠ざかろうとしているバスを見上げると、降車ランプは消えている。
はっとして周りを見渡す。誰もいなかった。


遠くバスの後部座席からジッとこちらを睨む数個の目。
俺じゃない!
俺じゃ、ない!